妙見寺城 上の城(龍神山城)
(鹿沼市口粟野)
栃木県鹿沼市口粟野にある。
※この城を見学するときは、必ず妙見寺さんの許可をとってください。
妙見寺ご住職のご意向では、城名を妙見寺城(上と下がある)として、寺と城跡を有名にしてほしいそうです。よって当サイトでは、ご住職の御了解を得て、妙見寺城上の城(龍神山城)を紹介させていただきます。
この山の麓には妙見寺があり、その背後の山上には主に2ブロックに分かれた城郭遺構や、周囲に堀遺構などがあり、これらは一体となって防備につとめていたと考えられる。当然、一つの防御施設として紹介すべきと思うが、当サイトでは便宜上、2つのブロックに分かれた城を、それぞれのページに分けて紹介しようと思う。
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・妙見寺城 上の城 ピーク333m龍神山山頂の遺構。←現在ページ ・妙見寺城 下の城 妙見寺すぐ上の鞍掛山にある。
あと、周囲の離れた場所には、堀切や竪堀遺構があります。
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この城跡は鹿沼市(旧・粟野町)口粟野の「龍神山」(ピーク333m)にある。サイト「栃木県の中世城郭」様に、山登りの方から寄せられた情報によると、城のような構造が山頂にあるということだった。 結果、未発見の城だった。確かに本には載っていない。
これについて、稚拙ながら論文を書かせていただきました。 鹿沼史林第59号の論文『旧・粟野町「龍神山城」と「鞍掛山城」について』(2019年12月)を載せていただきました。 その中で、 ・妙見寺城上の城は龍神山にあるので、龍神山城と呼称しました。 ・妙見寺城下の城は鞍掛山にあるので、鞍掛山城と呼称しております。ご了承ください。
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行くぞー!龍神山に城跡がある。登るの大変だった!! 東京タワー(333m)と同じ高さですね。
麓の日渡路集落あたりでは、「龍神山に日が昇る…」なんてシンボル的な感覚があるとお聞きしました。なので、目立つ山だったんだなと思いました。 でも、麓からは尾根に隠れて頂上が見えない。谷間に立って、少〜し333mの頂上が見えました!高いな…。
縄張図 「妙見寺城 上の城」(龍神山城)
山頂の主郭からは、西の中粟野方面が木々の間から見える…。 南の桑沢も見えるのかな…。木が邪魔で見えん!! でも、監視してたんだろう。
城の構造
二ノ曲輪 奥は土塁と、堀向こうの主郭。 左が主郭。右が二ノ曲輪。
主郭 西側に、うっすらと土塁あり。
主郭西の堀と土塁。
北東の堀切。 一番しっかり残ってる。北東方面を一番警戒していたのかな。
北東の竪堀。しっかり残る。
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北東方面を下った先には、だだっ広い尾根が広がる。その間に堀切がある。城から120メートルくらい離れているが、この城郭の特徴とする、いくつもの平場、尾根上を遺構で守っている事から考えると、北東方面の離れた場所の堀切遺構と思われる。 しかし、その先の平場は自然地形で城の遺構は無い。
この城に関する歴史史料は無い。 遺構から推察するに、役割としては
・粟野城の西側を補助する城か。 ・西の中粟野方面を一望できる。 ・南の桑沢を監視できる。 ・妙見寺城下の城(鞍掛山)では南摩方面の栗沢峠を監視できる。
こんな所でしょうか。 ゆえに城が存在するという理由付けになったでしょうか。
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