唐沢山城訪問記 其のY
〜あっちそっち〜






北の曲郭に向かうぞ!



弓道大会やってた広場から北に出て、金の丸(ロッジ)を見て道を降りると、こんな看板が…?そっち、あっち、どっちだ?

↑意味わかんねーよコレ。
あっち方向に行くと下りる方向とわかっていたので、そっち方向に進む。

「唐沢青年のいえ」は北城跡だっけ?
 巨大な装備を掲げて、怪しげに覗いてきました。
 そこから山道を登ってキャンプ場へ。雪が積もっており、足跡がないので、われらが一番乗りだった。

本来ならこの辺が城の端なんですよね。でも、その時は城の全体図がウル覚えで、まだまだ城跡は続いていると思っていた我ら。
 完全なバーサーカーモードになってました。
 やばかったのがその後。キャンプ場の先に、変な降りる道を発見した我らは、なりふりかまわず突撃した。


下り坂なので走る走る!今まで山歩いてきて、どこにこんな体力残してたんだというくらい、とんでもないスピードで二人の猛牛は山を駈けていった。

10分くらい駆け下りたか。明るい場所に出た。
なにやら看板が立ってるぞ?なになに?

森林の研究をやっているそうで、これ以上は立ち入り禁止だそうだ。
「ちぃ!生意気に意味のねー研究しやがって!まさか城跡壊すつもりじゃねーだろーな?城跡を壊さなければ良し」

 われらは怒りを抑えて、了解した。

ふと見やると脇道があり、唐沢山神社につながっていると書いてあったので、その道を仕方なく登った。
 先ほど突撃してきた勢いとは裏腹に、ゆるやかな登り道でもつらい。

 けっこう行くと、青年のいえについた。やっと帰ってきた。本丸を回り、三の丸から「四つ目堀」に出た。

…だそうだ。
堀は本来はもっと深い。
この四つ目堀は、唐沢山城最大の堀切りだそうだ。
 四つ目堀に落ちた足軽。
「あ!橋の下に乞食の家発見!」


 そこから根古屋に行く。急な階段がつらい。もう限界じゃ。
 山頂に着くと、強風が吹いていた。さらに奥に行くと、慰霊碑がたっている。佐野姓の軍人さんの慰霊碑だ。ここでは名は控えさせていただく。

 佐野家は江戸期も残っていたのだから、近代社会になっても、けっこうな地位になっていたに違いない。

 これを見ている途中から、すごい強風に見舞われた。本当にすごい強風だった。まるで何かを暗示しているような…気にするな。

根古屋を下りて、神社の鳥居の前に出た。


「あ〜疲れた。腹減った」

もう三時過ぎなので帰ることに。


ちなみに、売店の向こうに足尾神社の小さいお社があった。なんでだろ?



中腹からの眺め。

またジグザグの坂道を降り、疲れた。マジ疲れた。最後の駆け下りたのがキツかった。
 なんせ、こちらの山から向こう側まで下りていったのだから。山ひとつ越えたくらいの功績である。

坂を降りる前に、もう一度、土やぐらへ。

今度は白い猫がいたが、一瞬で逃げた。よくも急斜面に生息している猫がいたなと感心した。

 あとで絵図を見たのだが、北城先のキャンプ場の先は、ただの下りる山道で、城には加えられていない。しかも山道の下りた先に、変な広場みたいのがあって、あの道はおそらくソコにつながっていた。

 広場というのは、一番下の唐沢山神社の鳥居の薄暗いわき道を入っていくとある、明るく開けた公園のことである。我々が車を停めた、一番下の駐車場のすぐそこにその公園の入り口はあった。
(最初、駐車場を探しにソコに入ったからわかりました)

 山全体を駆け巡った武者二名は佐野ラーメンを求めて、佐野市街地に向かったが、途中に適当なラーメン食堂があったのでそこで妥協して店に入った。

佐野ラーメン独特の青竹打ち麺で、しょうゆ味。いいね。

あ〜満腹。

「帰る!」


かくして唐沢山城は陥落したのであった。






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